20160130-002


 人ってのは頭のなかに感覚であるとか映像みたいなもの、ロジックであるとか俯瞰図であるとか好悪の感情であるとか。ありとあらゆる非言語的な情報を咀嚼しながら動いてるんだよね。しかしそれをアウトプットすること、つまり情報を整理して文章化するというのはなかなか大変だとわかったのがこの2週間。

 頭のなかではおおよその事を理解しているつもりでも、なかなか文章として書くことができなくて苦労している感じ。情報の取得と選択、情報の整理、それを言語化してアウトプットする過程。全て使っている脳内ツールが違うんだろうな。さらにブログというのは閲覧者を意識しなければならないから、どうしても読んだ人の(と言ってもまだ閲覧してくれる方は少ないのだけど)こちらの意図と読み手の受け取り方ってのは溝があるということも理解しないといけない
 何がいいたいかというと文章化ってのは大変だと実感する2週間だったなぁ。という事。あとは書けば書くほど一人称をどうするのかとか、どのくらいライトに書けばよいのかとおもったり

 真面目な記事、ハウツー系を書くときはガッチリと「私」「ですます調」がしっくり来る
「本来~は☓☓という側面があり○○という見解もあります」
「~は○○であって▲▲となります」
「私見ですが▲▲」
でもカッチカチですごい書きにくいんだよね。マジで
良い文章にしようと思えば数を出せないし、数を出せないとブログも途中飽きてでやめてしまう

 今回みたいなエッセイ風の場合は一人称は「オレ」
「オレは~何じゃないかと思うけどね。だから~するべき」
こんな感じというのが書きやすい。

 読み手にとって一番いいのは「僕」かな・・・
「僕は~だと思います。△△だといいなぁ」
というセンテンスは読み手にとって安心感ある。
上から目線的なカドがないし丁寧感あっていい。

 「ボクは~ですね。サクッと考えましょうよ。まだ東京で消耗してるの?サラリーマンクラスタの人」
こういうのもアリ(笑)これは炎上をマネタイズするプロブロガーのイケダハヤト氏のマネなんだけど、すごい煽り文章になる。面白いんだけど。絶対敵を作るね。ダメ絶対。

 ブログってのはある程度更新することが目的だったりして、結局のところたくさん書いていると一番書いていて楽な文体になってしまう。最適な一人称ってなんだろうって突き詰めたいところ。とはいえ一人称や文体を統一しないと軸がブレブレで閲覧してくれる人からみると読みにくいだろう なぁ。反省